花山曼荼羅 飯盛山妙音寺 - 霊験巡礼

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花山曼荼羅 飯盛山妙音寺

 関東八十八ヵ所の遍路道は四国遍路にはない道がある。それが海の道である。千葉の房総半島から神奈川の三浦半島へと渡ることとなる。

       フェリー


 クルマであれば、木更津から「東京湾アクアライン」で川崎の浮島へというルートも思い浮かぶが、やはり金谷港から久里浜港へのフェリーを利用したい。

       乗船場


 久里浜港は横須賀市なので、ここから京急線に乗り換えることになる。終点の三崎口へと移動する。

       くりはま


 クルマであれば、国道134号線を西に進むこととなる。この道路は三浦海岸駅までは海岸沿いの快適な道路だ。左手に海が広がり、夏には海水浴客で賑わう。

 穴場の海水浴場は三浦海岸を通り越し、南下して金田湾へ向かい、さらに段丘を登りつめた先を左に曲がったところ。しかし、一面がのどかな畑の中を進み、いつまでも海が見えないため、本当に海水浴場があるのかと心配になりながら行くことになる。
 大浦海水浴場である。不便な場所のため、三浦海岸とは異なり素朴な感じがする。

       海水浴場


 さて国道134号線だが、こちらも三浦海岸を過ぎると海は見えなくなる。周囲はのどかな風景になってくる。

 三浦市は漁業や観光だけでなく、実は農業も基本産業である。温暖な気候をいかし、冬は大根、キャベツ、夏はスイカ、メロンが多く多く出荷されている。高い山がない代わりに、なだらかな丘陵が続き、波を打ったような斜面が畑となって、農産物が収穫されている。

 関東八十八ヵ所の海を越えた最初の札所は、58番の妙音寺である。
 京急線三崎口駅から丘陵の谷間へと降りていくと、綺麗に区画された住宅街へと出る。その中を抜け、谷間のような場所に出ると、右側斜面の頂上に大日如来が現れる。

       妙音寺3


 ここが「三浦のお大師さま」といわれる妙音寺だ。三浦七福神の福禄寿でも有名なお寺である。

       妙音寺2


「新編相模国風土記稿」や「三浦古尋録」等の史料を見ると、天正年間(1573~92)に中興の祖・賢栄法印により現在地へ移し、再興したとなっている。
 以前は旧鎌倉街道沿いに七堂伽藍の形態であったと伝えられている。しかしその痕跡は現在なく、小田原北條氏と三浦道寸との戦の際、焼失してしまったようである。
 三浦氏が滅亡した後、この地を治めた小田原北條氏が再建し、雨乞いの祈願所として庇護を受けていたようである。
 やがて北條氏も衰退してくると、伽藍維持が困難となり、中興の祖・賢栄によって再興されたということらしい。

       妙音寺4


 江戸時代になると長期間、無住職時代があり、さらには明治時代の廃仏毀釈、戦後の農地解放等により、盛衰をきわめてきた。

 しかし数々の盛衰を重ねても、連綿として法灯が守り続けられてきたことは、大師信仰や檀信徒の努力があったからだと思われる。
 本尊は不空羂索観世音で、江戸時代初期のものとされている。

 境内に足を踏み入れる前に、丘陵の斜面を見上げると、まず改めて目に飛び込んでくるのが山頂の大日如来像。穏やかな姿で座している姿は、実にみごとの一言につきる。

       妙音寺6


 斜面(裏山)にも大きく意味がある。通称花山といい、1,234坪もの広さがある。

       妙音寺1


 昭和51年から58年までの期間、檀信徒延べ1,250名の奉仕により整備されたものだという。
 一面の雑木が伐採され、新たに桜、つつじ、寒つばき等の木々が植樹された。おりから自生の山ゆりが生育を始め、平成2年には1,000本を数えるに到ったようだ。

       妙音寺5


 これらの木々の間をぬうように築かれた散策道には、山頂の大日如来を中心にした100種174体の石仏が勧請された。これが「花山曼荼羅」と名づけられた。

 まさに花浄土である。

 山ゆり祭りも宗祖弘法大師生誕祭として、毎年6月下旬の1週間行われる。

 境内に入り、築300年以上の本堂から左に目を転じると、そこには四国八十八ヵ所の「うつし霊場」がある。

       妙音寺7


 昨年完成したもので、各霊場の砂が埋めてある。この砂も、檀家を連れて一緒に遍路をするという住職が、各霊場から譲り受けてきたものだという。
 弘法大師像を中心として、四国八十八ヵ所の1番札所から88番まで、途中、満濃池に見立てた池や、我拝師山の岩なども配置されている。

       妙音寺8


 ご詠歌や「南無大師遍照金剛」と唱えながら、お砂踏みをしていく。ここまで見事なうつし霊場は誰にでも大きな活力を与えてくれるようだ。

 大師堂は花山曼荼羅を散策し、大日如来像の先をさらに登った場所になる。山門から見ればかなり標高が高い山上のように思えるが、さすがは段丘と畑の三浦半島だ、大師堂のすぐ裏は一面に畑が広がっている。
 これはこれで味がある。

       妙音寺大師堂


           
       【ご詠歌】

       いつきても たえなるのりの
       なみのねは
       すくひのこえと 
       きこゆとうとさ

 遍路の原点であり、いわば第0番札所に相当する根本道場は中国の青龍寺。現在青龍寺が監修した小冊子「空海」を無料プレゼント中。
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