虫切り・厄除・子育て 大悲山観音寺 - 霊験巡礼

虫切り・厄除・子育て 大悲山観音寺

 栃木県の芳賀町は、西側を宇都宮市、南側を真岡市と接する人口約17,000人の町である。県外の人にはあまりなじみがない町だろう。

 栃木県内では代表的な米どころとして、水田地帯が広がっている。果樹や野菜類、施設園芸、畜産といった都市近郊型農業も盛んだ。

 栃木県の県都・宇都宮市から東に向かうと、のどかな田園風景が広がる手前に、大規模な工業団地の姿を目にする。この地域は台地となっていて、芳賀町の入口になる。

 芳賀町の中心部は祖母井(うばがい)で、近くに道の駅「はが」と、隣接して日帰り温泉施設「ロマンの湯」がある。
 関東八十八ヵ所では29番札所になる芳賀観音寺は、祖母井から4キロ程度南下した田園地帯にある。
 五行川に沿って元与能小学校のすぐ近くにある古刹だ。

     芳賀1


 室町時代末期に観音堂過去帳の一部を残して焼失し、堂塔をすべて失ってしまったことから、創立不詳となっている。
 ただ寺伝によれば、大同3年(808)の徳一法師と伝えられ、小本寺格を有していたようだ。

 再興は文化2年(1805)、宇都宮の能延寺老僧で大阿闇梨・学天によりるという。
 そして文政2年(1819)には、大阿闇梨・学天が仮本堂を建立したようである。

     芳賀6


 明治6年(1873)からは、寺小屋教育の場となった。これが近くにある与能小学校の前身となる。
 昭和49年から53年の間には、庫裡、本堂、庭園を再建し、さらに56年には観音堂を大修復した。

 本尊は、金剛界大日如来です。野州続谷(現在の市貝町)の大仏師・荒井数篤の作だといわれる。

 正面にある観音堂は朱塗りの宝形造り三間四面、向拝の彫刻は目を見張るものがある。行基作と伝わる聖観世音菩薩立像が奉安されていて、栃木県指定有形文化財になっている。

     芳賀4


 観音堂の左側には、昭和48年に再建された本堂がある。入母屋造り瓦葺、五間四面。
 さらに庫裡があり、綺麗に整備された庭園もある。天然記念物「イロハもみじ」の大樹が茂っていて、森林浴が出来そうな境内になっている。

     芳賀2


 またここは、ぼけ封じ観音・関東三十三観音霊場の27番札所にもなっている。
     
     芳賀3


 のどかな田園地帯にある観音寺は、地域住民にとって、はかり知れないほどの存在感を示している。
 それは、開運厄除虫切り観音子育て霊験あらたかとして信仰されているからだろう。

「与能の観音様」とも呼ばれ、近隣だけでなく、遠方からも参拝者は訪れる。

       芳賀5


 ひっそりとした境内、静寂でのどかな田園地帯、そんな素朴な場所へ参拝者が絶えないというのも、ここに立つと頷ける話だと思う。

    【ご詠歌】
      みほとけの ふかきちかいを たずねきて
      よしやよのうと きくもうれしき

 田園地帯は中国にもある。長安の都(現在の西安市)は、大都市ではあるが、のどかな風景も残っている。弘法大師空海が修行した青龍寺も、比較的のどかな場所に位置する。
 現在、青龍寺が監修した小冊子「空海」を無料プレゼント中。

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