88の謎と関東の弘法大師 - 霊験巡礼

88の謎と関東の弘法大師

 四国遍路といえば八十八ヶ所。
 八十八もの霊場を巡る旅は、世界的にも貴重なものだといえるだろう。巡礼者は遍路となり、それぞれの札所へと向かう。

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 八十八という数字について触れておこうと思う。
 この数字の根拠については、昔から諸説あり、代表的なものを六つだけ挙げることにする。

 ①八十八使の煩悩に由来
 ②三十五仏と五十五仏を合わせたもの
 ③インドの根本八塔の10倍に、根本の八塔を加えたもの
 ④「米」の字を分解したもの
 ⑤熊野の九十九王子大辺地になぞられ、四国辺地を88にしたこと
 ⑥厄年(男42・女33・子供13)を合わせた数

 どの説が正しいのか、あるいは諸説が混合して出来上がったのかは分からない。おそらくその根拠を求めるのではなく、実践することに意味のある数字なのかもしれない。

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 関東地方に残る弘法大師伝説地や、弘法大師に関係する各寺の縁起は、すべて弘仁年間(810~824)になっている。この期間に東国各地を巡錫したという正式な史料がないため、すべてが伝説化したり、語り継がれてきたものだろう。

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 現在では関東に弘法大師を信奉する寺院は4,300ヵ寺あるといわれる。写し霊場も、御府内、多摩、玉川など、他の地域と比較しても決して見劣りしないだけの数がある。

 しかし巡礼という点では、観音霊場(坂東三十三観音・秩父三十四観音)が有名で、大師信仰については西日本と比較して後進的な面もあったのは事実だろう。
 これは地理的な問題や、鎌倉時代や江戸時代のように東国武士による歴史的側面も影響しているのかもしれない。

 この一方で、関東だけでなく東日本全域にも弘法大師伝説の数は枚挙に暇がない。庶民に確かに根付き、真言密教そのものまで到らずとも、民間信仰的な下地だけは充分にあったことは間違いないのだろう。興味深い事実である。

 実際、関東から四国霊場へ旅たつ人もかなりの数になっている。
 大師を慕う気持ちには、地理も、歴史も、何も関係なく続いている。この不変の思いから、平成7年に一都六県の心ある住職により、八十八ヵ所霊場が発願され、特別霊場も加えて発足したのが「関東八十八ヵ所」である。

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 この遍路道は「平成の大師の道」であり、四国遍路とは異なる景観が待っている。
 最初の第1歩は群馬県の高崎市から始まり、最後は埼玉県の熊谷市で終わる。広大な関東平野を一周する旅だ。

 ゼロ番の相当するのはやはり青龍寺だろう。中国の西安市にある。ここは無料小冊子で見ておくだけでも良いかもしれない。

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