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聖なるものへの憧憬 巡礼・遍路
今、なぜ「遍路」「巡礼」の時代なのか?
聖なるものへの憧憬は、いつの時代、どこの場所においても不変である。
聖なるもの、聖なる場所、霊場等を目指して旅たつことを一般に「巡礼」と呼び、古来より世界中で行われている。

ハッジと呼ばれるメッカの巡礼は、イスラム教徒にとって、一生に一度課せられる義務だ。キリスト教徒にとってはエルサレム巡礼、聖母マリア信仰では「ルルドの泉」や「ファチマの奇跡」などを目指す旅も巡礼といえるだろう。

日本では最も一般的で、代表格といえば何を差し置いても「四国八十八ヶ所」だろう。これは「巡礼」ではなく「遍路」と呼ぶ。
四国八十八ヶ所の巡礼のみを「遍路」といい、この表記は十五世紀に登場している。元来は永遠に歩くことを意味し、貴族社会や武士社会のような限られた世界の特権行事ではなく、あくまで庶民に広まった文化である。
巡礼については、円仁の「入唐求法巡礼行記」(838年〜847年)が本国では最も古い表記だと思われる。一般化したのは西国三十三観音巡礼からで、やがて日本全国に巡礼地が誕生し、意味内容も「参拝」の特殊な形態になっていきた。
大きな特徴としては、札所・霊場に番号をつけ、連続的に巡るという点だろう。聖地を聖なる数の集合体として捉え、番号を付与し、順番に参拝するというものだ。個よりも集合に大きな意味を生み出し、遍歴が基盤となって一般化したという点で、日本文化独特の「巡礼」「遍路」が見えてくる。
これは例えば、西国観音巡礼が大和長谷寺の徳道聖人により創設されてから270年後、花山天皇が法皇となり、修行の後にこの巡礼を人々に広めたことが大きく影響しているのかもしれない。つまりは修行の延長と世の中の悩み、苦しみを救うということから普及したわけである。

巡礼とはただ単に聖なるものへの憧憬ではなく、修行であり、救済でもある旅なのである。札所を巡る行為そのものが、ある種の目的にまで昇華した結果かもしれない。そういう意味では、行脚や遊行と同等の意味もあったということだろう。
ではこの「巡礼」や「遍路」だが、なぜ古来より綿々と続いているのだろうか?
しかも21世紀の今日、改めて見直され、静かなブームとなった理由とは何だろうか?

現代では修行という意味は薄れ、大切な故人の供養、現世利益や霊験による健康祈願等、様々な目的で行われている。
健康については、中高年を中心としたウォーキングという延長に、プラスアルファとしての「歴史」や「観光」という要素が加わった場合もあるだろう。達成感を得るためというのも無視できない点だと思われる。

また、昔より身近になった点として、交通機関の発達があることは事実である。距離的に完全徒歩巡礼が難しいものでも、結願に到る手段はかなり容易になった。四国遍路は年間20万人ともいわれているが、クルマやバスを利用している方々が半数以上を占めている。いや、ほとんどかもしれない。「歴史」や「観光」というキーワードから考えて、充分に頷ける話だ。

しかしこれだけで、「遍路」「巡礼」が現代にここまで定着しているのか、抜本的な理由にはなっていない。
巡礼は非日常である。
ここに大きなポイントがありそうだ。荒ぶる現世、先の見えない不況という世相を背景として、日常生活から離れた場として、現代の巡礼・遍路の本質があるのではないだろうか。
修行という意識が薄れたのは事実だろうが、病んだ心をある意味で「修行」し、山伏のようにある意味での「験力」の獲得を求めることを欲しているのかもしれない。
現実からの逃避ばかりでは先に進めない。ふと立ち止まり、倒産・リストラという外的要因だけでなく、ストレス・自己疎外など、現代社会が抱える問題に直面し、破壊し、再生することが求められているのではないだろうか。

聖なるものを目指し、触れあい、結願に向けて病んだ心を少しずつ癒していく、そんな場を提供する旅が、現代の巡礼・遍路なのではないだろうか。旅だけでも非日常である。しかし、単なる日常生活からの解放だけでは、ここまでの意義はない。レジャーによる気分転換の延長ではないのだ。
あらゆる既成概念と生活という単調な呪縛は、情け容赦なく己の実存を喪失させる。かつて欧州で失われた自己存在に対し、ニーチェが「神が死んだ」と叫び、カフカがグレゴール・ザムザを毒虫に変身させた。
この失われた「自己」を取り戻すために、19世紀以来の哲学者や宗教家は、あらゆるアプローチを試みてきた。
新興宗教の台頭と表裏一体の関係であることは、間違いないでだろう。占いやオカルトの流行も同様で、縛られ、失われた「自己」を再生する手段として利用されている。
巡礼や遍路は、虐げられ、失われた「自己」を取り戻すだけに留まらず、聖なるもの他に道程の自然や人との触れあいも加算される。この中から新たな「自己」を再発見していくのである。
供養や祈願、あるいは修行なども、一度己を殺し、再生するための自己を発見していく過程のことなのである。巡礼地が聖なる集合体であるのと同様に、巡礼の周囲にあるすべての集合が自己完結する目的なのでだ。

もちろん、巡礼そのものはレジャーでない分、辛く、苦しい経験も附帯するだろう。徒歩巡礼であれば、足が痛くなり、持久戦になることもあるだろう。ところがある一定のレベルを超えると、苦痛が苦痛でなくなり、逆に爽快感になることがある。スポーツでもこのようなご経験のある方は多いだろうが、ここにも巡礼・遍路の魅力があると思われる。
そして達成感を得たとき、満足感だけでなく、聖なるもの、自然、人々などに感謝の気持ちが湧きあがってくる。一人で行う巡礼でも、決して自分ひとりの力でなし得ない結願を実感することだろう。

四国遍路は「同行二人」。
お大師様と一緒に達成することで、至上の価値が見出される。そして様々な人たちに素直に感謝できる自己を再発見することになっていく。

物質文明と病んだ社会の中で、もっとも人間らしい行動の一つが、巡礼・遍路なのである。だから定着し、浅はかなブームに終わらないのだと結論しても、強引だとはいえないだろう。
そして巡礼・遍路の原点は中国長安の青龍寺にある。現在、青龍寺が特別に監修した小冊子「空海」を無料プレゼント中だ。もしまだ手に入れていないのならば、なくなる前にもらっておくのが望ましい。
⇒詳細情報はこちらのページです。今すぐクリック
聖なるものへの憧憬は、いつの時代、どこの場所においても不変である。
聖なるもの、聖なる場所、霊場等を目指して旅たつことを一般に「巡礼」と呼び、古来より世界中で行われている。

ハッジと呼ばれるメッカの巡礼は、イスラム教徒にとって、一生に一度課せられる義務だ。キリスト教徒にとってはエルサレム巡礼、聖母マリア信仰では「ルルドの泉」や「ファチマの奇跡」などを目指す旅も巡礼といえるだろう。

日本では最も一般的で、代表格といえば何を差し置いても「四国八十八ヶ所」だろう。これは「巡礼」ではなく「遍路」と呼ぶ。
四国八十八ヶ所の巡礼のみを「遍路」といい、この表記は十五世紀に登場している。元来は永遠に歩くことを意味し、貴族社会や武士社会のような限られた世界の特権行事ではなく、あくまで庶民に広まった文化である。
巡礼については、円仁の「入唐求法巡礼行記」(838年〜847年)が本国では最も古い表記だと思われる。一般化したのは西国三十三観音巡礼からで、やがて日本全国に巡礼地が誕生し、意味内容も「参拝」の特殊な形態になっていきた。
大きな特徴としては、札所・霊場に番号をつけ、連続的に巡るという点だろう。聖地を聖なる数の集合体として捉え、番号を付与し、順番に参拝するというものだ。個よりも集合に大きな意味を生み出し、遍歴が基盤となって一般化したという点で、日本文化独特の「巡礼」「遍路」が見えてくる。
これは例えば、西国観音巡礼が大和長谷寺の徳道聖人により創設されてから270年後、花山天皇が法皇となり、修行の後にこの巡礼を人々に広めたことが大きく影響しているのかもしれない。つまりは修行の延長と世の中の悩み、苦しみを救うということから普及したわけである。

巡礼とはただ単に聖なるものへの憧憬ではなく、修行であり、救済でもある旅なのである。札所を巡る行為そのものが、ある種の目的にまで昇華した結果かもしれない。そういう意味では、行脚や遊行と同等の意味もあったということだろう。
ではこの「巡礼」や「遍路」だが、なぜ古来より綿々と続いているのだろうか?
しかも21世紀の今日、改めて見直され、静かなブームとなった理由とは何だろうか?

現代では修行という意味は薄れ、大切な故人の供養、現世利益や霊験による健康祈願等、様々な目的で行われている。
健康については、中高年を中心としたウォーキングという延長に、プラスアルファとしての「歴史」や「観光」という要素が加わった場合もあるだろう。達成感を得るためというのも無視できない点だと思われる。

また、昔より身近になった点として、交通機関の発達があることは事実である。距離的に完全徒歩巡礼が難しいものでも、結願に到る手段はかなり容易になった。四国遍路は年間20万人ともいわれているが、クルマやバスを利用している方々が半数以上を占めている。いや、ほとんどかもしれない。「歴史」や「観光」というキーワードから考えて、充分に頷ける話だ。

しかしこれだけで、「遍路」「巡礼」が現代にここまで定着しているのか、抜本的な理由にはなっていない。
巡礼は非日常である。
ここに大きなポイントがありそうだ。荒ぶる現世、先の見えない不況という世相を背景として、日常生活から離れた場として、現代の巡礼・遍路の本質があるのではないだろうか。
修行という意識が薄れたのは事実だろうが、病んだ心をある意味で「修行」し、山伏のようにある意味での「験力」の獲得を求めることを欲しているのかもしれない。
現実からの逃避ばかりでは先に進めない。ふと立ち止まり、倒産・リストラという外的要因だけでなく、ストレス・自己疎外など、現代社会が抱える問題に直面し、破壊し、再生することが求められているのではないだろうか。

聖なるものを目指し、触れあい、結願に向けて病んだ心を少しずつ癒していく、そんな場を提供する旅が、現代の巡礼・遍路なのではないだろうか。旅だけでも非日常である。しかし、単なる日常生活からの解放だけでは、ここまでの意義はない。レジャーによる気分転換の延長ではないのだ。
あらゆる既成概念と生活という単調な呪縛は、情け容赦なく己の実存を喪失させる。かつて欧州で失われた自己存在に対し、ニーチェが「神が死んだ」と叫び、カフカがグレゴール・ザムザを毒虫に変身させた。
この失われた「自己」を取り戻すために、19世紀以来の哲学者や宗教家は、あらゆるアプローチを試みてきた。
新興宗教の台頭と表裏一体の関係であることは、間違いないでだろう。占いやオカルトの流行も同様で、縛られ、失われた「自己」を再生する手段として利用されている。
巡礼や遍路は、虐げられ、失われた「自己」を取り戻すだけに留まらず、聖なるもの他に道程の自然や人との触れあいも加算される。この中から新たな「自己」を再発見していくのである。
供養や祈願、あるいは修行なども、一度己を殺し、再生するための自己を発見していく過程のことなのである。巡礼地が聖なる集合体であるのと同様に、巡礼の周囲にあるすべての集合が自己完結する目的なのでだ。

もちろん、巡礼そのものはレジャーでない分、辛く、苦しい経験も附帯するだろう。徒歩巡礼であれば、足が痛くなり、持久戦になることもあるだろう。ところがある一定のレベルを超えると、苦痛が苦痛でなくなり、逆に爽快感になることがある。スポーツでもこのようなご経験のある方は多いだろうが、ここにも巡礼・遍路の魅力があると思われる。
そして達成感を得たとき、満足感だけでなく、聖なるもの、自然、人々などに感謝の気持ちが湧きあがってくる。一人で行う巡礼でも、決して自分ひとりの力でなし得ない結願を実感することだろう。

四国遍路は「同行二人」。
お大師様と一緒に達成することで、至上の価値が見出される。そして様々な人たちに素直に感謝できる自己を再発見することになっていく。

物質文明と病んだ社会の中で、もっとも人間らしい行動の一つが、巡礼・遍路なのである。だから定着し、浅はかなブームに終わらないのだと結論しても、強引だとはいえないだろう。
そして巡礼・遍路の原点は中国長安の青龍寺にある。現在、青龍寺が特別に監修した小冊子「空海」を無料プレゼント中だ。もしまだ手に入れていないのならば、なくなる前にもらっておくのが望ましい。
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