霊泉湧く古刹 水澤観音 - 霊験巡礼

霊泉湧く古刹 水澤観音

 伊香保温泉街から約4キロほど下った場所に五徳山水澤寺、通称、水澤観音がある。坂東観音霊場でも屈指の古刹だ。

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 駐車場は広いが、早くもかなりの数の車が停まっている。大型バスもある。さすがに有名な寺院だけのことはある。
 真新しい平成13年建立の釋迦堂は、駐車場の横にある。まずはここから参拝。志納金は500円。
      
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 貴重な仏像が荘厳な雰囲気の中に並んでいる。二つの仁王尊の間を抜け、正面に見えるのが、金色に輝く釋迦三尊像だ。釋迦如来を挟んで右に文殊菩薩、左に普賢菩薩。静かに合掌すると、頭の中に厳粛な真言が聞こえてくるようだ。
 必見なのは円空作の高さ53.3センチの阿弥陀如来像。荒削りな円空独特の彫刻がよく分かる。釋迦三尊像の右手の仏像の間にある。
 奥の間には、坂東三十三観音霊場の観音像が一列に祀られている。掛軸の間はこの反対側にある。

 さて、釈迦堂からいよいよ境内へと足を踏み入れる。駐車場からだと、仁王門から石段を上がった場所に出る。

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 最初に目にするのが納札堂。古くなったお札だけでなく、古い人形やぬいぐるみまで納められている。

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 次に十二支守り本尊が並んでいる場所の前に立った。干支により自分の守護本尊が定まっているというのは、古来より続く民間信仰の一種だ。古刹の境内で対面すると、歴史を刻んだ空気にまで守られているようだ。気持ちを引き締める。

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 すぐ隣にあるのが六角二十塔。六地蔵を安置していることから、六角堂とも呼ばれている。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間界、天人界の六道を守る地蔵尊が、六道輪廻の相を表している。その上の二階に相当する場所には大日如来が安置されている。

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 地蔵尊信仰では日本を代表する建築物であるが、その珍しさは六地蔵尊自体が回転するという点だろう。この開運六地蔵尊の前には、「左に三回廻して、あなたの真心の供養を望みます」と書かれた立て札がある。
 巡礼者も観光客も順番待ちをしてまで廻そうとしている。

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 私も三回廻してから本堂へ向かおうとしたところ、実はここでびっくりすることになった。周囲で私以外に驚いている人は誰もいない。別に幽霊を見たわけではない。想像していなかったものを目にしただけだ。

 その驚愕をよんだものとは、小さく目立たないながら、弘法大師堂があったことである。この出会いは全く想像の範疇を超えていた。

 弘法倶楽部の取材だから、寺院で大師堂を見ても不思議でないといわれればそれまでだ。しかし今回のテーマは観音巡礼である。五徳山水澤寺は天台宗だが、弘法大師を祀る寺院には宗派が関係ない場合が多い。だからそれ自体は驚くに当たらない。
 私が驚嘆したのは、この旅の下調べの際、弘法倶楽部の取材だということで、水澤寺と弘法大師との接点はないかと徹底的に調査し、その結果、皆無であると結論したからだ。

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 そもそも水澤観音の由来というのは、推古天皇の時代に遡る。

 上野国の国司である高野辺左大将家成には、姫君三人がいた。北の方が亡くなると、継母はこの三人の姫を殺そうと謀り、末娘の伊香保姫を淵に沈めようとしたとき、姫の持仏の千手観音が姫を助けたという。
伊香保姫はのちに高光中将に嫁いだ。この夫こそが水澤寺を創建し、本尊が伊香保姫を救った千手観音だった。開山については、推古天皇、持統天皇の勅願により、高麗の高僧・恵灌によった。
本尊の千手観音は、七難即滅七福即生のご利益があり、古くから信仰されてきた。
 現在の建物は江戸中期の大改築によるものだが、かつては堂宇三十余という巨大な寺院だった。
 昨日訪れた長谷寺(詳細はこちらのページへ)と違い、弘法大師巡錫という伝説はない。

 歴史的な背景とは別に、違和感なく大師堂があることに何か意味があるのだろうか? 

 謎の答えは、実に簡単なものだった

 これは個人の方が奉納したものだという。四国八十八ヵ所の結願から、坂東三十三観音の巡礼者に対する、ある種のはなむけのようなものかもしれない。巡礼・遍路の時代にふさわしい贈物だろう。

 弘法大師の伝説という点では、他の地域でも多くあるパターンがすぐ近くにあるのは事実だ。九十九の谷で百に一つ足りないので、高野山のような寺院を建立出来なかったというもの。
 水澤の先に船尾滝があるが、これは九十九谷の北端にある滝だという。帰りに寄ってみるのもいいかもしれない。落差が72メートルもあるという。

 さていよいよ本堂へ。
 本尊は伊香保姫の持仏だったという千手観音だが、古来より「融通観世音」として知られている。「衆生の一切の願を融通し、救いの手を差しのべて下さいます」という。

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 この本尊・十一面千手観世音菩薩は秘仏で、前立が江戸時代の作だという。
 本堂の周囲は線香の煙が舞い、幻想的な雰囲気まで醸し出している。

 関西人は京都と奈良という古都が身近にあるせいか、東国の神社仏閣に価値を見出さない人がいる。そんな人を、ぜひともここへ連れて来たいものだ。

 本堂の反対側が石段になっていて、本来の入り口である仁王門と参道が眼下に見える。
 その参道脇に御札堂、さらに隣に龍王辨財天がある。霊泉が注がれた泉の中央に辨財天が優雅な姿を見せている。

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 霊泉はお水取りにくる方でも賑わっている。
 関東屈指のうどんの名所も水澤であるが、このような霊泉湧く地であることも関係しているのだろう。
 鐘楼の鐘は「大和(たいわ)の鐘」と命名されたもので、昭和五十年に完成したものだ。

 再び駐車場に戻り、車のドアを開ける前に境内を振り返る。

 西国観音霊場とは趣の異なる坂東巡礼旅だった気がする。しかし観音信仰に東西の区別はなく、霊験あらたかな場には共通する「気」があるのかもしれない。

 その「気」は、はるか遠く中国長安の都・青龍寺に共通するものかもしれない。現在、青龍寺が監修した小冊子「空海」を無料でプレゼント中!
 詳しくは、今すぐこちらのページ
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