霊験巡礼 被災地への祈り(骨伝導編) - 霊験巡礼

霊験巡礼 被災地への祈り(骨伝導編)

     仙台港と骨伝導

 霊験巡礼の旅も東日本大震災を無視するわけにはいきません。今まで霊験ある寺院や弘法大師空海の法力・霊力を巡礼してきた延長に、被災した方々への支援があると考えます。ボランティアだにで行くのではなく、疲弊した地元の経済を復興するために何が出来るか、それを考える旅でもあります。その相棒に選んだのが弘法大師の遍路や霊験ある聖地への巡礼に強い見方となってくれた骨伝導です。

          ⇒ 米軍採用の国際特許・骨伝導製品

 最初に訪れたのが仙台市でした。ここでは地元復興を目指すNPOの理事の方と、新たな経済基盤についての話をしました。そのあと、仙台港まで足を延ばし、悲惨な瓦礫の山を見ることになりました。港周辺には、今でも電気が通じていなく、信号が停止していたのもショックでした。
 仙台発の新たなビジネスモデルが必要かもしれないと考えました。骨伝導製品は耳をふさがないことから福島原発でも活躍していますが、別の視点で被災した仙台から世界へ向けての骨伝導ビジネスが誕生できればと思います。霊験巡礼も応援します。

     災害と骨伝導

 災害と骨伝導は世界のいたるところで組み合わされています。
 これは天変地異だけでなく、戦争や原発の問題でも同様です。防護服を着込んでいると耳にヘッドセットやイヤホンは難しいものです。それを解決するのが骨伝導です。さらには騒音の中での通話性能もあげられます。これは米軍の爆音の中での実績がものをいいます。

     盛駅と骨伝導

 次に一気に北上して岩手県沿岸部の大船渡市へ行きました。
 ここは水産加工の関連施設が多く被災しました。津波は大船渡のターミナル駅である盛駅にも近づきました。

 この盛駅は、R東日本の大船渡線、三陸鉄道の南リアス線が乗り入れ、さらに岩手開発鉄道の日頃市線と赤崎線が乗り入れています。岩手開発鉄道の2路線は現在は貨物列車のみの運行ですが、1992年(平成4年)までは、日頃市線は旅客営業を行っていました。まさに岩手県沿岸部の大ターミナルなのです。ここから列車が発車できない状況は悲惨です。線路ごと波にのまれたエリアが周辺にあるせいで、駅は人の集まる場所ではなくなっています。

     陸前高田1

 そして南下して陸前高田市です。ここは町が一瞬にして失われました。平野部が広く、震災後の津波に逃げ遅れた人がもっとも多かった地域です。市の中心部だった場所は痕跡すらありません。瓦礫を撤去すると、そこは完全な遺跡と同じ状況になります。あまりの悲惨さに目を覆いたくなります。

 弘法大師の法力・霊力とともに、復興を思い描くことだけで、それ以上のプランは描けないほどの悲惨さです。仙台港や大船渡とは比較になりませんでした。ただこの町ではボランティアセンターを通じて骨伝導きくちゃんが10セット贈呈されました。震災で補聴器をなくされた方や医療機関へ寄付されました。

     被災地に聞こえのプレゼント

          ⇒ 被災地に「聞え」のプレゼント
          ⇒ 陸前高田ボランティアセンターを骨で聴く

     骨伝導きくちゃんの場面
 
 弘法大師の防災対策は四国の満濃池に代表されます。当時の最先端土木技術が防災国家の礎を築きました。
 今回の震災についても、同様の防災国家を考える契機となっています。しかし霊験とともに最先端技術を駆使した弘法大師は現代にはいません。骨伝導の最先端技術がどのように関わるか、それはわれわれ次第でしょう。そおためいも東北復興を支援し、疲弊した経済再生のためにも、今年は東北にこそ巡礼に行きましょう! 
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