霊験ある西国霊場を骨伝導とともに自宅で

現在の栃木県岩舟町、かつての下野国都賀郡小野寺郷に生まれた慈覚大師円仁は、15歳で比叡山に入りました。弘法大師空海と並ぶ日本仏教の祖・最澄の弟子となり、42歳のときに遣唐使船に乗り、入唐しました。最後の遣唐僧でした。
武帝の廃仏により国外退去となり、帰国後、第三代天台座主となりました。さらに後、朝廷から最初に「大師号」を授けられることにもなりました。「大師号」としては、最澄の伝教大師、空海の弘法大師より先だったということが、意外と知られていない事実です。
この慈覚大師円仁の著作が「入唐求法巡礼行記」です。これは玄奘の「大唐西域記」、マルコポーロの「東方見聞録」とともに世界の三大旅行記のひとつにされています。
巡礼という行為については、円仁の表記以前から行われていました。ほとんど人類誕生と同時に発生したとしても、決して誇張ではないでしょう。日本では「神宿る」山や島への巡礼は、縄文時代まで遡ることが出来るとも言います。
その後、狭義の「巡礼」は西国観音巡礼となりました。伝説では、大和長谷寺の徳道(得道)上人が閻魔大王のすすめで発願したといいます。養老2年(718)に三十三ヶ所を選びました。観音様が三十三の姿に変化することに由来するといわれます。
開祖の説には、他に性空上人や威光上人もありますが、むしろ中興の祖・花山法皇の伝説の方が一般的に知られています。
花山法皇は冷泉天皇の第一皇子として生まれ、17才で第65代天皇に即位しました。しかし在位期間はわずか2年でした。この退位については「大鏡」「栄華物語」などで、藤原兼家による謀略であるとされています。藤原氏全盛時代の幕開けという渦に巻き込まれた、悲運の天皇だったといえます。
退位した花山法皇は京を追われ、熊野の那智の滝上流へと向かい、籠山修行を行いました。ある日、熊野三所権現が現われました。そこで、
徳道上人以降、観音浄土の三十三所を巡る者が絶えている。河内の仏眼上人の案内で巡礼し再興せよ
というお告げをしたそうです。
花山法皇はお告げ通りにしました。仏眼上人の案内で徳道上人が閻魔大王から授かった宝院を掘り出し、性空上人を先達として西国巡礼の旅に出たのです。
この伝説が「中興の祖」として有名になりました。さらに、坂東や秩父の観音巡礼を創始したとも伝えられています。
しかし史実としては不確かな部分が多く、記録に残っている西国巡礼の記述では、天台座主の行尊(1055〜1135)の「寺門高僧記」が最古になります。このときは第一番が長谷寺になっています。第一番札所が熊野の那智山になったのは、室町時代以降であるといわれます。
観音霊場は、天台宗の僧により整備されてきましたが、基本的に超宗派だといえます。
【西国三十三観音】
・天台宗 7
・天台宗山門派 2
・天台宗一単立 2
・天台寺門宗 1
・高野山真言宗 3
・東寺真言宗 1
・真言宗御室派 1
・真言宗豊山派 4
・真言宗醍醐派 3
・真言宗泉涌派 1
・真言宗智山派 1
・真言宗中山寺派 1
・法相宗 1
・北法相宗 1
・救世観音宗 1
・粉河観音宗 1
・本山修験宗 1
・単立 1
個々の霊場は古寺名刹が多く、巡礼者以外にも多くの参拝者が観光を兼ねて訪れています。その点でも超宗派といえるかもしれません。また周辺の景観でも、那智の滝、琵琶湖、天橋立などの景勝地にも恵まれているのが特徴です。
そこで西国霊場のDVDです。
単なる映像を映し出すDVDではありません。寺の堂塔やご本尊、寺宝などを紹介するだけでなく、霊場の山主さんにも何人か登場してもらい、寺の縁起や見所、巡礼さんへのアドバイスなども収録しています。
◆全4巻
◆カラー
◆各約50分〜60分
第1巻
西国札所会会長の言葉、青岸渡寺、金剛宝寺護国院、粉河寺、施福寺、葛井寺、南法華寺、岡寺、番外・法起院
第2巻
長谷寺、南円堂、三室戸寺、上醍醐寺、正法寺、石山寺、園城寺、番外・元慶寺、観音寺
第3巻
清水寺(第十六番)、六波羅蜜寺、頂法寺、革堂行願寺、善峰寺、穴太寺、総持寺、勝尾寺、中山寺、番外・花山院
第4巻
清水寺(第二十五番)一乗寺、圓教寺、成相寺、松尾寺、宝厳寺、長命寺、観音正寺、華厳寺、番外・法起院
⇒ 今すぐ欲しい方はこちら
霊験巡礼では、さらにこの霊場DVDにプラスして提案します。
骨伝導です。
骨伝導の「きくちゃん」を使ってこのDVDを見れば、さらに霊験あらたかたなことになるかもしれません。
⇒ 骨伝導「きくちゃん」の詳細へ
テレビと骨伝導「きくちゃん」を接続することで、音声が耳だけではなく骨から脳へと伝わります。このときの脳波との関係が意味あるものです。シータ波を生む骨伝導は、それだけで映像の世界へ誘います。
⇒ 骨伝導から考える「聴く」と脳の関係
自宅でリラックスしているときに、霊感あらたかな観音巡礼の旅が展開されます。骨伝導により観音様の声まで届く感覚と、疑似体験した巡礼の様子が見事に一体化されてくるのです。
骨伝導で「般若心経」を聴く人もいるほどですから、この「西国三十三所霊場」のDVDとの組合せは言葉にできないほどの衝撃を与えるかもしれません。
⇒ 骨伝導専門サイトのTOPへ
骨伝導と西国観音霊場の旅は終わりを知りません。
弘法山の見正寺にて、骨伝導と霊験の謎

埼玉県の越生にある弘法山はピラミッドであるという話があります。
弘法レイラインの中心点にもなり、謎に覆われた神秘の山です。弘法大師の伝説に彩られ、関東平野に飛び出した謎のピラミッドであったりします。
⇒ 霊験巡礼 謎のピラミッド・弘法山への骨伝導巡礼
⇒ 霊験巡礼 弘法レイラインの謎を追う
この越生の弘法山の麓に、見正寺という寺院があります。
ここにも骨伝導を使って巡礼にいきます。
弘法大師の伝説が残るわけではありませんが、雰囲気は悪くありません。しかも特許技術と米軍で採用された骨伝導技術を使ったスピーカーが一緒であれば、霊験あらたかな状況がより強くなる気がします。
この弘法山は、骨伝導というアプローチ方法だけでなく、弘法大師・空海の軌跡からも考察され、様々な謎が大きくなっていきます。ネットで復活した『弘法倶楽部』でも、再び取り上げてくれると信じています。それほど魅力的な山なのです。
⇒ 弘法倶楽部オフィシャルページ
見正寺の境内から墓地を過ぎ、山へと進む斜面は、それだけで神秘に満ちています。古代文字が発見されたとの情報もあるくらいです。
さらに骨伝導のヘッドセットや骨伝導音声増幅器(補聴器ではありません)などで周囲の音声を骨から脳へと伝えれば、耳だけでは聞き取れない音までも聴こえてきそうです。
⇒ 骨伝導専門ページ
弘法大師の法力・霊力と伝説、さらに古代より続く謎の信仰の山・弘法山に霊験巡礼はさらに迫っていきたいと思っています。
恵那の座弘法に霊験を乗せて

恵那峡のある阿木川ダムの周辺には三弘法伝説があります。
「立弘法」は恵那峡湖畔を見下ろす場所に建ち、『弘法倶楽部』の第2号の表紙を飾りました。
》》 ネットで復活! 弘法倶楽部
「寝弘法」は笠置山の稜線が寝姿になっています。京都の笠置山との関連もおもしろいのですが、弘法大師の伝説がしっかりと根付いています。昔話では、弘法大師の神通力により笠置山に自分の姿を写して見守って下さるというものです。
そして「座弘法」は「寝弘法」の笠置山中腹にあります。笠置山月光寺境内に座しております。
この姿が霊験あらたかな空気を運んでくれます。荘厳な弘法大師様です。大きさも3メートルくらいあり、山から恵那の街を見守っているようです。
また恵那市には市指定文化財爪切地蔵尊が弘法大師の伝説を語り継いでいます。
岩の表面に地蔵尊が刻まれたもので、弘法大師が一夜の内に爪で刻んだという、言い伝えが残ります。
鎌倉時代の終わりごろの文保元(1317)年、草伯という僧が行基作の薬師如来像を奉持し、久保原村へ来訪したとき、村人がこの僧に帰依し草庵を立て迎えました。ある時この草庵に1人の老僧が訪れました。一夜の宿を求めてきたのです。
翌朝のことです。老僧の姿はなく、一枚岩の地蔵尊が傾いて立っていました。
草伯は、
「夕べの僧は弘法大師で一夜にて爪で刻まれた」
と云い、この地蔵尊を爪切地蔵と名付けました。大師が立てようとしたときには夜明けとなり、一番鶏が鳴き、人の近づく気配を感じて傾いたままにしたと伝わります。
この爪切地蔵を真っすぐにすると疫病災難があるといわれているのです。
座弘法にはそんな弘法大師伝説はありませんが、爪切地蔵の弘法伝説が伝わる地だからこそ、見守る弘法大師様の霊力が漲っているのではないでしょうか?
復活した『弘法倶楽部』でも、そんな霊験を乗せながら旅立っています。
》》 ネットで復活! 弘法倶楽部
そして旅のお供には骨伝導です。
耳ではなく骨で聴くことで、野外の騒音を気にすることなく、お気に入りのBGM、ご詠歌等々を聴きながら巡礼できます。まさに最新の特許技術に裏付けられた骨伝導ならではです。
》》 巡礼旅には骨伝導
座弘法より霊験の風が届きますでしょうか? それとも骨伝導で骨から脳へと伝わりましたでしょうか?
霊験ある聖地と現代社会の「聴こえ」
音があふれる現代社会。
もはや都会だけでなく地方ですら静寂はありえないのでは、と思えてしまいます。
騒音におかされた現在、太古からの「聖地」や霊験新たかな場所でも、音の魔物が潜んでいます。かつての聖地にも様々な音が入り込みます。
一方で難聴者も増加しています。
奇病である突発性難聴ばかりでなく、以前にはなかったヘッドホン難聴など、伝音性難聴や感音性難聴の区分では十分でないものが誕生してきました。
巡礼や遍路の旅でも、弘法大師・空海の時代にはなかった音であふれています。
ご詠歌を聴くときに、既に難聴になっていたという話もあります。
視力低下でメガネやコンタクトレンズのように、聴力低下で補聴器とならないのが、「聞こえ」の問題です。高額な補聴器は普及していません。どうしても抵抗感があるようです。巨大な眠れるマーケットといわれる所以です。
霊験ある寺院や古来からの聖地に、「聴こえ」の巡礼をするために骨伝導はどうでしょう。

骨で聴くドットコム
弘法倶楽部を運営する会社で取り扱う骨伝導です。
米軍で採用された特許技術の骨伝導スピーカーは、通常の補聴器と異なり、耳を全く使いません。耳に異質な物を取り付けるわけではないので、違和感は軽減されます。骨伝導は健聴者の人でも普通に使っていますから、慣れれば全然問題ないでしょう。
⇒ 弘法大師空海を慕う「弘法倶楽部」
聴力が弘法大師・空海の霊力・法力で蘇れば、これはこれに勝るものはありません。
もはや都会だけでなく地方ですら静寂はありえないのでは、と思えてしまいます。
騒音におかされた現在、太古からの「聖地」や霊験新たかな場所でも、音の魔物が潜んでいます。かつての聖地にも様々な音が入り込みます。
一方で難聴者も増加しています。
奇病である突発性難聴ばかりでなく、以前にはなかったヘッドホン難聴など、伝音性難聴や感音性難聴の区分では十分でないものが誕生してきました。
巡礼や遍路の旅でも、弘法大師・空海の時代にはなかった音であふれています。
ご詠歌を聴くときに、既に難聴になっていたという話もあります。
視力低下でメガネやコンタクトレンズのように、聴力低下で補聴器とならないのが、「聞こえ」の問題です。高額な補聴器は普及していません。どうしても抵抗感があるようです。巨大な眠れるマーケットといわれる所以です。
霊験ある寺院や古来からの聖地に、「聴こえ」の巡礼をするために骨伝導はどうでしょう。

骨で聴くドットコム
弘法倶楽部を運営する会社で取り扱う骨伝導です。
米軍で採用された特許技術の骨伝導スピーカーは、通常の補聴器と異なり、耳を全く使いません。耳に異質な物を取り付けるわけではないので、違和感は軽減されます。骨伝導は健聴者の人でも普通に使っていますから、慣れれば全然問題ないでしょう。
⇒ 弘法大師空海を慕う「弘法倶楽部」
聴力が弘法大師・空海の霊力・法力で蘇れば、これはこれに勝るものはありません。
干支による守り本尊と弘法大師・空海

弘法大師空海と十二支守護本尊八体仏信仰
空海と宗派を超えた民間信仰
現代の日本文化を語る上で、仏教各宗派だけの範囲に留まらず、超宗派という民間信仰とも呼ぶべき存在を無視するわけにはいかないでしょう。
代表的なものは「お遍路」で、単なる「巡礼」ではない独特の文化であり、信仰でもあります。一般に広まったのは、庶民にも往来の自由が許されるようになった江戸時代だといわれています。この「お遍路」といえば、もちろん弘法大師空海です。あらゆる宗派の人々が様々な目的で八十八ヶ所をまわるというのは、現代にも継承された偉大な文化だといえます。
ここで遍路に最適なのが骨伝導です。
巡礼や遍路に大好評な骨伝導サングラスGL41が進化したGL42が登場しました。
米軍で採用された特許技術の骨伝導スピーカーの位置が、自由に動かせるようになりました。これは驚きです。
⇒ 骨伝導サングラスGL42

もうひとつ空海とも無関係ではない民間信仰といえば、生まれ年の十二支による「守り本尊」です。
「お遍路」が四国八十八ヶ所に限らず、ミニ八十八ヶ所として全国に広がったように、現代では「三河十二支霊場」「武州十二支霊場」「さぬき十二支霊場」なども創設され、「私の守り本尊は○○菩薩」「私は○○如来」という会話も珍しくありません。今ではすっかり現代人の生活に定着しているようです。
古来より続く十二支守護本尊(八体仏)
十二支守護本尊とは、生まれ年の十二支によって守護してくれる仏様が定まっており、八つの仏様に対応しているというものです。十二支は方位に基づいて定まり、時空を正確に捉えています。
八つの仏様はそれに準じて対応し、守護してくださるのです。あらゆる禍いを福に転じ、諸々の願いを成就させるといわれ、人々の「開運」「厄除」「祈願成就」「難病克服」「心の癒し」を齎すという超宗派の信仰です。仏教の十二獣が人々を救う如来や菩薩の化身とされ、十二支の守り本尊として見守ってくださるのです。
この起源は、一説には密教の儀式「結縁灌頂」の投華得仏に由来するといわれています。曼荼羅の前に立ち、目隠しをし、花を投げ、落ちた場所にある仏菩薩が、生涯の守り仏となるというものです。空海が投げた花が、四百一ある仏菩薩の中で、胎蔵界・金剛界とも大日如来の上に落ちたということで有名な儀式です。
この投華得仏と方位、仏教の十二獣等のあらゆる要素を内包し、守護本尊は神秘的な力を発するのかもしれません。現代ではご自信の守護本尊を部屋に飾ることで、優しく豊かな気持ちを取り戻し、心安らぐ日々を送っている方が増えています。また、江戸時代の旅人が懐に入れて道中した懐中仏のように、肌身離さず身につける方も少なくありません。最先端ビジネスで活躍される方々も、ポケットの中に白檀の高貴な香りを漂わせた香合仏を入れ、殺伐とした気持ちを癒しているのかもしれません。何となく頷ける話だといえます。
いずれも混沌とした世情の中で、自分自身をお守りしてくださるご本尊様が、きっと応えてくださるのではないでしょうか。
⇒ 弘法倶楽部の守り本尊セット
霊験巡礼としての巡礼旅も、守り本尊とともに寺めぐりをしていきたいと思います。


